「山西君、大丈夫?」
ベッドの中で浅い眠りに入ろうとしていると、半径五メートル以内に女子生徒の声が聞こえた。白いシーツの隙間からそっと顔を出すと、同じクラスの久保田茜が僕を見ていた。三十パーセントは心配そうな顔。残りの七十パーセントは無理矢理先生に行って様子を見てこいと言われました、という顔だ。こういう時、学級委員という役職は不利だと思う。(久保田茜は学級委員なのだ。そしてもう一人の学級委員は吉岡という男。吉岡の野郎、勉強ができないからっていつも先生に媚売りやがって)
「あ、うん。えーと、どうかした?」
久保田茜は特別に美人というわけではないが、決してブスなんかではない。目が大きいわけではないが、その代わりにまつげが長くて愛らしい目をしている。胸が大きいわけではないが、細くて華奢で可愛らしい感じ。クラスの中でとりわけ目立つ存在ではないが、僕が密かに気になっている女の子だ。そんな茜の突然の訪問に僕は面食らってしまい、戸惑いながら応えたのだった。
「先生が様子を見て来いって言うから……」
「ああ、そっか。わざわざありがとう」
話はそこで途切れたまま、数十秒が過ぎた。僕は耐えきれずとっさに口を開いた。
「久保田って偉いよなぁ。学級委員とか真面目にやってるしさ。ほら、昨日も放課後に残って学級日誌書いてたろ?」
「見てたの?」
「あ、いや、見てたというか、なんか、たまたま通りかかったっていうか……」
とっさに飛び出す一言というのはあまり良い状況を作り出すことがない。アメリカのB大統領が良い例だ。
「別に偉くなんかないよ。普通だよ」
茜の言葉に、普通って何だよ。と言い返したかったが、面倒臭い奴だと思われたくなかったので言わなかった。
「山西君てさ、よく授業中に保健室行くよね。もしかして仮病?」
「ああ、まあ、そんなトコかな」
仮病がカッコいいなどと思ったことはないが、何故か僕はカッコつけて言ってみた。
「やっぱりね。女子の中で噂してたんだ。仮病なんじゃないかって」
ほんの少し肩にかかった髪をいじりながら、茜は続けた。
「保健室って落ち着くの? 私、保健室で寝たこととかないから、どんな感じなのかなって。あ、もしかして山西君、学校嫌いなの?」
何だか自分の心の中を覗かれているような気がした。茜の言葉のひとつひとつは、さっきまで僕が抱いていた感情の全てだったからだ。そして、茜と交わした幾つかの会話によってさっきまで持っていた劣等感やら虚無感やら嫌悪感がほんの少しだが薄れていたことに気がついた。決して悪い気分ではなかった。