「Liquid Sunrise@-1」
5時間目は数学の授業だ。窓側の後ろから二番目の席で机に肘をついて見上げた空は、時は刻むモノではないのだよ、と言っているような気がして、僕は思いがけず焦った。まだ夏の暑さの残る教室の中では、流れる筈の時は流れてなどおらず、まるで今頭に叩き込まれている数学の公式のように正確にその軌道を刻み続けている。大人達は「良い大学へ行け。そうだ、東大がいい」などと時代遅れな言葉を未だに繰り返し、我が子の青春を横取りすることに優越感を覚えている。
『もしかしたら、オレもこのくだらない授業の一部なのか』
そう思うと焦らずにはいられなかった。県内でも有数の進学校。生徒の大半が有名大学へと駒を進めていく。それこそが十七歳の僕らに課せられた失敗の許されない重要な任務なのだ。テストの点が悪ければ、僕らは落ちこぼれの烙印を押されてしまう。
「先生、気分が悪いので保健室に行ってきていいですか?」
週に一度か二度、僕はこの一言を残し、教室を後にする。次に教室に戻ってくるのはホームルームの前の休み時間。いつものシナリオだ。「胃が痛い」とか「吐き気がする」などと言っては、保健室のギシギシと苛つく音を奏でるパイプベッドに潜り込むことが、県内でも有数の進学校という小社会の中で『劣等生』という地位を任された僕の唯一の居場所。自分の存在を再確認し、自分を自分として受け入れられるたったひとつの場所。なんて滑稽なんだろう。なんて無様なんだろう。それもこれもきっと親父のせいだ。酔った時の親父の一言が、僕を狂わせていく。
「お前は山西家の誇りだ」
トラック運転手の父は、自分が果たせなかった夢、大学に行くという夢を、僕に託している。いや、託すというのとは違う。自分に『学』がなかったから、僕に自分自身を重ね合わせているのだ。そんなの僕にとってはいい迷惑なのに。
小学校六年生の時に観たアメリカの映画に影響されて、英語を覚えたいと思うようになった。字幕なしで洋画を観ることができたらどんなにカッコいいだろうと思ったのだ。僕は必死で両親に頼み込んで学習塾に通わせてもらったのだが、運が良いのか悪いのか、私立の中学校に合格してしまった。それからというもの、父は九官鳥のように繰り返した。お前は山西家の誇りだ、と。